
現代の日本において、誰かや何かを大切に想う気持ちを表す言葉として「愛おしい(いとおしい)」という表現は頻繁に使われています。恋人や子供、あるいはペットなどに対して、胸が締め付けられるような愛情を感じたときに使われるこの言葉ですが、実は日本の古い歴史の中で、その意味合いは少しずつ変化してきました。古語における「いとおし」には、現代の私たちがイメージする「可愛い」という感情以上に、複雑で切実なニュアンスが含まれていたのです。
今回は、この美しい日本語である「愛おしい」に焦点を当て、古語での本来の意味や成り立ち、さらにはそれに関連する美しい古語の数々について、歴史的背景や文学作品の例を交えながら詳しく解説していきます。昔の人々がどのように愛情を表現していたのかを知ることで、現代の言葉遣いにも深みが増すことでしょう。
「愛おしい」は古語でどう表現される?言葉の成り立ちと意味
私たちが普段何気なく使っている言葉の多くは、平安時代やそれ以前の古典文学にそのルーツを持っています。「愛おしい」もその一つですが、古語辞典を紐解くと、現代語とは少し異なる角度からの意味が見えてきます。ここでは、古語としての「いとおし」の基本的な意味や語源、そして時代とともに変化していったニュアンスについて掘り下げていきます。
形容詞「いとおし」の基本的な意味と語源

古語における「いとおし」は、歴史的仮名遣いでは「いとほし」と表記されます。この言葉は、副詞の「いと(非常に)」と、形容詞の「ほし(欲しい)」や動詞「おす(惜す)」などが組み合わさってできたという説や、「厭う(いとう)」という言葉に関連して「不快だ、嫌だ」という意味から派生したという説など、諸説が存在しています。
一般的に、平安時代の文学などで使われていた「いとほし」の原義は、「気の毒だ」や「かわいそうだ」という意味合いが非常に強いものでした。これは、相手の状況を見て「見ていられないほどつらい」「何とかしてあげたい」と感じる心理状態を表しています。現代の「可愛い」というポジティブな感情だけでなく、相手の苦境に対する同情や、放っておけないという切迫した感情が根本にあったことが分かります。語源を辿ることで、日本人が古来、「他者への共感」を愛情の基本としていたことがうかがえます。
「気の毒だ」というニュアンスが含まれる理由
なぜ「愛おしい」という感情に「気の毒だ」という意味が含まれるのでしょうか。これは、日本人の美意識や情緒において、愛情と悲哀が背中合わせの存在であったことに起因しています。相手のことを大切に思えば思うほど、その相手が弱っていたり困っていたりする姿を見ると、自分の胸が痛むものです。
古語の「いとほし」は、相手を大切に思うあまり、相手の不幸や苦労を自分のことのように感じてしまい、「辛い」「苦しい」と感じる心の動きを言語化したものです。つまり、単に「好きだ」という感情だけでなく、相手を心配するあまり心が痛む状態こそが、かつての「いとほし」の正体でした。例えば、源氏物語などの王朝文学において、身分の低い女性や病気の人物に対して貴族が向ける感情として、この言葉が使われることが多くあります。そこには、守ってあげたいという庇護欲と、完全には救えない無力感がないまぜになった複雑な心情が込められているのです。
鎌倉時代以降の変化と現代語へのつながり
時代が下り、中世から近世にかけて「いとほし」の意味は徐々に変化していきます。鎌倉時代や室町時代を経る中で、本来の「気の毒だ」という意味に加え、現代語に近い「かわいい」「大切にしたい」という意味が前面に出てくるようになりました。
相手を「気の毒だ」と思い、守ってあげたいと感じる気持ちは、やがて純粋な「愛情」へと昇華されていきます。「かわいそう」という言葉が「かわいい(可愛い)」と同語源であることからも分かるように、日本の古語において、弱きものへの憐憫は愛情と不可分なものでした。江戸時代頃になると、現代語と同じように、子供や愛する異性に対して「たまらなくかわいい」と感じる感情を「いとおし」と表現する用例が増えていきます。このように、長い歴史の中でネガティブな「辛さ」の要素が薄れ、相手を慈しむポジティブな感情が主軸となっていったのです。
「かなし」と「いとおし」の微妙な違い
古語で愛情を表す言葉として、忘れてはならないのが「かなし(愛し)」です。現代語で「悲しい」と書くとsadnessを意味しますが、古語の「かなし」は「愛し」という字が当てられ、「切なくなるほど愛しい」「身に染みてかわいい」という意味で使われていました。
「いとほし」と「かなし」は非常に似ていますが、微妙なニュアンスの違いがあります。「かなし」は、相手の存在そのものが自分の心に強く迫ってくるような、圧倒的な感動や親愛の情を表すことが多いです。一方、「いとほし」は前述の通り、相手の状況に対する「心配」や「同情」が入り混じった、「放っておけない」という能動的な庇護欲が強く出ます。「かなし」が「しみじみとした愛」であるのに対し、「いとほし」は「胸が痛むほどの愛」と言えるかもしれません。どちらも相手を深く想う言葉ですが、その感情の出発点にわずかな違いがあるのです。
「愛おしい」だけじゃない!古語で恋心や愛情を伝える美しい言葉
「いとおし」以外にも、日本の古語には愛情や恋心を伝えるための繊細で美しい言葉がたくさん存在します。現代の私たちがあまり使わなくなった言葉の中には、今の言葉では表現しきれないような、淡く、それでいて深い感情の色が含まれています。ここでは、「愛おしい」に関連する古語や、愛情の機微を表現するさまざまな語彙を幅広く調査し、紹介します。
「うつくし」は外見ではなく親愛の情
現代語の「美しい」は、主に視覚的な美観(Beautiful)を指しますが、古語の「うつくし(愛し)」は意味が大きく異なります。平安時代における「うつくし」は、小さくて弱いもの、未熟なものに対する「かわいい」「愛らしい」という感情を表す言葉でした。
例えば、枕草子で清少納言が「うつくしきもの」として、雀の子や小さなちり箱、幼児などを挙げているのは有名です。当時の「うつくし」は、親が子供を慈しむような、あるいは小さな動物を愛でるような、純粋で無垢なものへの親愛の情を示しています。したがって、古文の中で大人の女性に対して「うつくし」が使われることは稀であり、もし使われていれば、その女性を「守るべき小さな存在」として見ていることを意味します。「愛おしい」が苦悩を含むのに対し、「うつくし」はより純粋な慈しみの感情に近いと言えるでしょう。
「なつかし」は心が惹かれる親しみやすさ
「懐かしい」という言葉は、現代では「昔を思い出して慕わしい」という意味で使われますが、古語の「なつかし」は、「心が惹かれる」「親しみを感じる」「離れがたい」という意味を持っていました。漢字では「懐かし」と書きますが、これは「慣れ親しむ」という意味の動詞「なつく」が形容詞化したものです。
古語において、魅力的で好感が持てる相手に対して「なつかし」と表現することがあります。これは、過去の記憶を遡っているのではなく、目の前の相手に対して心が引き寄せられ、ずっと一緒にいたいと感じている状態を指します。相手の優しさや人柄に触れ、「この人といると心が安らぐ」「愛おしい」と感じる気持ちが「なつかし」には込められているのです。愛情表現の一つとして、相手への親愛や信頼を伝える非常に温かい言葉です。
「むつかし」ではなく「睦まじ(むつまじ)」の関係性
音の響きが似ている言葉に「むつかし」がありますが、これは古語で「不快だ」「わずらわしい」「気味が悪い」という意味であり、愛情表現とは真逆の言葉です。愛情を示す場合に使うべき正しい古語は「睦まじ(むつまじ)」です。
「むつまじ」は、現在でも「仲睦まじい」という表現で使われている通り、互いに親しみ合っている様子、仲が良い様子を表します。古くは「むつぶ(親しくする)」という動詞から派生しており、隔たりがなく心が通じ合っている親密な関係性を示します。「愛おしい」が一方的な感情の高まりを含むこともあるのに対し、「むつまじ」は双方向の愛情が安定して存在している状態を描写する際に適しています。穏やかで平和な愛情の形を表す、美しい日本語の一つです。
「思ふ(おもふ)」に込められた深い恋心
現代語の「思う」は、思考する(think)という意味で広く使われますが、古語、特に和歌の世界における「思ふ(おもふ)」は、ほとんどの場合「恋をする」「愛する」という意味で使われます。「あの人を思う」と言えば、それは単に想起しているのではなく、熱烈に恋い慕っていることを意味するのです。
万葉集や古今和歌集において、「思ふ」は恋の苦しさや切なさとセットで語られることが多くあります。胸の中で燃えるような恋心を、直接的な「愛」という言葉を使わずに「思ふ」という静かな言葉に込めることで、日本人は奥ゆかしくも情熱的な感情を表現してきました。「愛おしい」という感情は、この「思ふ」という行為が極まった果てに生まれるものと言えるかもしれません。シンプルだからこそ、その重みと深さが際立つ言葉です。
「あはれ」が示すしみじみとした愛情
日本の古典美学を代表する言葉「あはれ(あわれ)」もまた、広義の意味で「愛おしい」に通じる感情を含んでいます。「あはれ」は、感動や情緒、悲哀など、外界の事象に触れて心が大きく動かされる様子を表す感動詞から生まれました。
「あはれ」が愛情表現として使われる場合、それは「しみじみとした愛着」や「尊いと感じる気持ち」を指します。たとえば、男女の情愛において、相手の言動や風情に対して深く感動し、心底から「愛おしい」と感じたときに「あはれ」という言葉が漏れ出ます。それは単なる恋愛感情を超えて、人間存在そのものへの共感や、儚いものへの慈しみを含んだ、精神性の高い愛情表現です。「いとおし」が相手への心配を含むのに対し、「あはれ」は相手の存在そのものへの深い受容と感動を表していると言えます。
万葉集や源氏物語に見る「愛おしい」の表現例
最後に、実際の古典文学でどのように「愛おしい」感情が描かれているかを見てみましょう。現存する最古の歌集である『万葉集』では、防人として旅立つ夫を想う妻の歌や、亡くなった妻を偲ぶ挽歌などに、素朴で力強い「愛おしい」感情(悲しび、愛しび)が溢れています。ここではまだ洗練された語彙よりも、直情的な叫びとしての愛情が多く見られます。
一方、平安時代の『源氏物語』では、より複雑な心理描写として「いとほし」が登場します。光源氏が幼い若紫を見つけた際に抱いた、親代わりとして守ってやりたいという感情や、夕顔の儚さに対する憐憫の情などにおいて、この言葉が効果的に使われています。また、紫式部自身も日記の中で、亡き夫への思慕や娘への愛情を繊細な言葉で綴っています。これらの文学作品を通じ、日本人が古来より、相手の弱さや儚さを含めて丸ごと愛そうとしてきた精神性を確認することができます。「愛おしい」とは、相手の命の輝きと儚さの両方を見つめる眼差しから生まれる言葉なのです。
「愛おしい」と古語に関するまとめ
古語における愛おしいの表現についての要約
今回は「愛おしい」の古語における意味や由来、関連する語彙についてお伝えしました。以下に、今回の内容を要約します。
・「愛おしい」は歴史的仮名遣いでは「いとほし」と表記される
・「いとほし」の原義は「気の毒だ」「かわいそうだ」である
・相手を心配するあまり胸が痛む状態が語源となっている
・鎌倉時代以降に現代的な「かわいい」の意味が強まった
・古語の「かなし」は「切なくなるほど愛しい」を意味する
・「うつくし」は本来、小さく未熟なものへの慈しみを指す
・「なつかし」は過去の回想ではなく「心が惹かれる」状態を表す
・「むつまじ」は双方向の親密で安定した関係性を示す
・和歌における「思ふ」は「恋する」「愛する」と同義である
・「あはれ」はしみじみとした深い感動や愛情を含む概念である
・日本の愛情表現は「他者への共感・憐憫」と深く結びついている
・万葉集や源氏物語には多様な「愛おしい」の形が描かれている
・言葉の歴史を知ることで現代の愛情表現も豊かになる
言葉は時代とともに姿を変えますが、その根底にある「誰かを大切に想う心」は、千年前も今も変わりません。古語に込められた繊細なニュアンスを知ることで、大切な人へ向ける眼差しが、より一層優しく深いものになるのではないでしょうか。ぜひ、現代の「愛おしい」という言葉を使う際にも、その奥にある長い歴史と心の機微を感じてみてください。
